平田真吾さん、DeNAアナリストと中東新プロ野球リーグの“二刀流”で現役続行

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119: 名無しさん 23/12/27(水) 09:17:34 ID:K5.fr.L21

 プロ10年目は開幕から1軍登板がないまま、シーズン終盤を迎えた。今季限りを覚悟した右腕は10月1日のイースタン最終戦・ロッテ戦(横須賀)に家族全員を呼んだ。持てる力を出し切り、1回を3奪三振の完全投球。その2日後に球団から戦力外通告を受けた。

 「最後の2試合がめちゃくちゃいい感じだったので、ちょっと辞めづらくなりました」
 トライアウト参加を決意し、社会人野球にも視線を向けた。「行けるところまでやりたい」。練習を続ける中、トライアウト直前にインフルエンザに感染。何とか回復してマウンドに上がったが、打者3人に1安打1奪三振1四球と不完全燃焼で終わった。
 どこからも声がかからない中、10月末に行われた中東新リーグのドラフトで5巡目指名を受けていた、パキスタン最大の都市カラチを本拠とするモナークスへの参戦を決意した。11月26日の「オールスター・ショーケース」第2戦に東軍の2番手として登板。2回2失点ながら勝利投手になった。
 異国の地で初めてボールを握った。言葉が通じず「バスに置いて行かれちゃったよ」と思い出話もできた。何よりサンドバルやカノらMLBで活躍した選手と同じ舞台で戦った野球に胸が高鳴った。
 「悔いはない。ちゃんと投げられたし、すごく楽しかった」。帰国した平田は、心境の変化を確かに感じていた。DeNAから打診されたゲームアナリストというポストに感謝しつつ、「野球が純粋に違った。メキシコも行ってみたくなりました」と、国境を越えて野球に挑戦する夢が膨らんだ。
 入団当初は打たれる度に「もう無理なのかな」と、野球を辞めたくなった。それでも食事会場で中畑清監督と2人で反省会をした夜が支えとなり、30歳でオーストラリアのウインターリーグにも挑戦した。いつだって選択したのは、野球を続ける道だった。
 平田は球団に思いを伝えた。「来年のドバイリーグに参加したい」。球団も新しい形の挑戦として容認した。ゲームアナリストと現役続行の“二刀流”。最後の最後まで夢を追う。
 「今よりもずっと忙しくなる。でも応援してくれた球団には本当に感謝です。途中で、もし心が折れたら、悔いなく現役引退」と笑った。データの収集、分析でチームを支えながら、来秋の中東リーグ開幕に向けて練習を続ける道は平たんではないだろう。それでも先駆者として、挑戦者として可能性を切り拓く。

※全文は上記リンク元より


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Source: ベイスターズ速報@なんJ

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